ネパール
政治 経済
ニュース

 Issued 2008/7/5
 By Cosmos International
 Mail : desk@nepal-news.net
 ネパールニューズレターはカトマンズのコスモスインターナショナルのオフィースから、ネパールの政治、経済をわかり易く日本の皆様にお伝えします。
ご意見はこちらへ トピックス 資料室に「増加するカトマンズ盆地の犯罪」を掲載しました。
≪今週のニュース≫
更新:2008/6/1

国連ミッション(UNMIN)の任期延長
2008年7月2日

 マオイスト派の武装部隊、国軍の武器管理等の為派遣されている国連のミッションは7月23日でその任務を終了し任務を終わることになっていたが、閣議は1日さらに6ヶ月間の任期延長を承認した。

 任期の延長は国連側が要請していたものであるが、マオイスト派が反対していたものである。


パラス前皇太子 シンガポールに向う
2008年7月2日

 6月30日パラス前皇太子がシンガポールに向った。

 皇太子サイドの発表によれば、3人の子供達がシンガポールで今後教育を受けることになり、その準備の為のシンガポール行きである。トリブバン國際空港には側近等が見送りに付き添いVVIPルームで30分ほど過ごした後通常の出国手続きを行つた。



カトマンズの國際空港のパラス前皇太子


国軍(NA)とマオイスト武装部隊(PLA)の統合
2008年7月1日

 話し合いは議会に議席を持つ25の全政党の間で続けられているが、NAとPLAの統合は難しいようである。主要5政党のうち共産党とコングレスは統合反対、マオイスト派は賛成、マデシ・グループはNAを旧王制派の軍隊、PLAをマオイスト派の権力維持機構として認めておらず、平行線である。現在NAは約9万人が宿舎に、PLAは約2万人が国連のミッションの監視下武器と共に幕営地に居住している。


議会がまたまた延期
2008年7月1日

 議会はマデシ・グループが マデシに対する自治権を要求して議事妨害に入り四度目の開催延期となった。


コイララ首相の辞職
2008年7月1日

 コイララ首相は6月25日辞職を表明したが辞職届の提出先が無く、宙に浮いている。暫定憲法による大統領制では首相の任免、辞職等は大統領の権限となているが、肝心の国体が決まらない為取り敢えず首相が国家を代表しており、自分で自分の辞職を取り扱うことになり、奇妙なことになっている。専門家もこの点を指摘しており法律的にはこの辞職は無効とのことである。


チベット自治区外国人にオープン
2008年6月30日

 中国政府からの連絡のよればオリンピック聖火リレーやラサ地区などでの暴動により4月より外人の入国が禁止されていたチベット自治区への入国が7月第1週若しくは2週からオープンすることになった。


大使館からのお知らせ
2008年6月24日

 輸送機関及び民間ガソリンスタンドのストライキについて

 6月23日(08-43)

 当館に入った情報によれば、本日、政府と学生団体による話し合いは合意に至りましたが、政府と輸送機関による話し合いは決裂したため、明日もストライキは継続されます。また、併合して本日より、民間のガソリンスタンドが無期限のストライキを実施しているため、ガソリン、軽油、クッキングガスにも大きな影響が出ており、事実上停止している状態です。今後もこのような状態が更に長引くと、治安状況をはじめ様々な面で深刻な状態に陥る可能性も否定できないことから、今後も治安状況の収集に努め、外出の際は十分に注意してください。

※大使館 電話(代表) 442-6680


大使館からのお知らせ
2008年6月23日

 ネパール全土における輸送機関ストライキ及び学生団体による抗議活動の継続について

 6月22日(08-42)

 当館に入った情報によれば、本日、政府と学生団体及び輸送機関オーナーによる話し合いが共に決裂したため、明日以降も、輸送機関ストライキ及び学生団体による抗議活動は継続されます。このような状況から、外出の際には治安状況を確認の上十分に注意してくだい。

    ※大使館 電話(代表) 442-6680


輸送業者と学生によるストライキ
2008年6月23日

 ガソリンなど燃料の大幅な高騰とそれによるトラック、バス、タクシーなど交通機関の値上げへの波及を受けて業者、学生によるストライキが予定された。

 少し奇妙なことは25%〜30%の値上げを要求している輸送業者と50%以上の値下げを要求している学生が共闘していることである。 もとを正せば政府の無策が原因であるが、これだからネパールは面白い。


王宮は国立博物館に!
2008年6月23日

 選挙後より言われていたように王宮は国立博物館として国民に解放されることになった。開場準備に3ヶ月を要する為9月ごろのオープンとなるが詳細は未定である。


ネパールの治安と観光
2008年6月23日

 王政から共和制へと大きく国体が変わったことでネパールの政情やそれに係わる治安等が心配されているが、従来よりネパールの治安には誤解を受けている部分が非常に大きいので老婆心ながら説明しておきたい。

 ネパールの国政選挙(4月10日)の結果王政を支持する政党が敗北し共和制を主張する政党が勝利し、5月29日の議会で共和制が宣言された。また、共産党マオイスト派が最大政党となり次期政権を担うことになり現在各党が政権の構想について話し合いを行っているところであるが、共産党マオイスト派も単独政権を維持できないことから全政党による連立政権を画策している。国体としては大統領制が決まっているが、執行機関である首相との権限の振り分けで状況は難航している。 

 マオイスト派がゲリラ闘争を行っていた1996年から2006年の間にトレッキング街道での寄付の要請(正式の領収書を発行していた)はあったが、この間外国人旅行者が物理的被害に遭ったことはないが、バンダと呼ばれるストライキが頻発し観光を含む国内のビジネスに大きく影響した。このため交通機関がマヒしたりして"不便“であったものの危険という状況ではなかった。一部には恰も内戦かのような報道を行っていたメデイアもあるが事情は全く違っていた。

 政体が大きく変わったことで今後は共和制に不満を抱くグループが政治活動を始めるかもしれないが、従来もそうであったように観光客つまり外国人への被害は無いと考えてよい。

 4月の選挙に際してもマオイスト派はそのマニフェストのなかで外貨獲得の見地から観光振興を最優先にとりあげており観光客のネパール訪問を歓迎している。ネパールは資源が殆ど無く工業化の基盤も無いことから税収、外貨獲得に観光振興は最も重要であることはネパールの全政党が承知しているし、また観光は平和産業であり平和、安全無くして観光は成り立たないことも理解している。

 以上のことから王政から共和制に移行することで憲法をはじめ多くの規則、習慣が変わるがこれは国内的なものであり、観光客には悪い影響はないと考えられる。


共和制とは何だ!
2008年6月17日

 アメリカのNGOがネパールで共和制に関して調査した資料がある。

 調査は2007年12月から2008年3月にかけて行われたもので、政治的意図は無いとただし書きがついているがどうであろうか。すでに4月10日の選挙から2ヶ月以上経っているが新しい政権は未だに生まれてこず、連日政党間で駆け引きが行われており、とても共和制などと喜んでいる場合では無いと思われるが、兎も角この調査が共和制のネパール人の間における認識度を少しは表しているようであるので紹介する。

 調査期間: 2007年12月15日より2008年3月31日まで
 回答者 : 89人(男子55人、女子34人)
1) 学歴
1. 博士 3人
2. 修士 12人
3. 学士 26人
4. その他 48人
2) 職業
1. 役人 11人
2. ビジネス(経営) 5人
3. 商店主 22人
4. サラリーマン 18人
5. 農業 18人
6. その他 15人

質問 1.貴方は共和制という意味もしくは共和制という政治形態を知っていますか?
回答 1.質問の意味を理解し正確に回答した者 1人
2.なんとなく理解していると思われる者 2人
3.左翼政権の国家と答えた者 11人
4.全くわからないと答えた者 75人
質問 2.アメリカのブッシュ大統領が共和党員であることを知っていますか?
回答 1.知っている 9人
2.知らない 80人

 質問は多岐にわたっておりなんとなく政治的な意図が感じられるが、ネパール人の共和制に対する認識度は、ほんとにこの程度のものなのか。ところで我々日本人はどの程度理解しているのか疑問である。


石油製品の大幅値上げ
2008年6月13日

 政府は6月10日石油製品の大幅値上げを決めた。

 ガソリンやデーゼルなどを扱うNOC(Nepal Oil Corporation)は資金力の不足から供給先であるIOC(India Oil Corporation)への支払いが滞っており、供給のカットのためネパール国内での石油製品が需要を満たしておらずカトマンズ等の都市部では給油所にガソリンなどが入荷された時には長蛇の列となっている。

 このため、NOCは政府に対し再三値上げを申請していたが、このたび半年振りに値上げが承認された。

旧価格(L) 新価格(L)
ガソリン 80ルピー 100ルピー
デーゼル 56ルピー 70ルピー
ケロシン 51ルピー 65ルピー

 6月10日現在1ルピーは1.65円ほどであるからガソリンの価格はリッター165円程度になり、ほぼ日本並みの価格になる。金持ちにとっては問題ではなくても、トラックやタクシー等の運送業者にとってはほとんど致命的ともいえる金額である。


大使館からのお知らせ(08−31)6月10日
2008年6月13日

 学生団体による道路封鎖の実施について。

 本日(6月10日)午前9時頃から、チャビヒル交差点、コーテシュウオール交差点、ビショバサキャンパス付近及びラインチョール交差点において、石油値上げ等に反対する学生団体が道路封鎖を実施しているとの情報が入りました。この付近へ赴く際は、交通渋滞が当然予想されることから、迂回措置などをして十分注意してください。

 今後、この団体以外にも同じような抗議活動を実施する団体が現れる可能性が高いことから、車両での移動及び外出の際は十分に注意して下さい。


ギャネンドラ前国王のメッセージ
2008年6月11日

 ギャネンドラ前国王は王宮を退出するに当たり国民に向けてメッセージを送った。12日には王宮を去りナガルジュンに移ることになる。240年続いたシャハ王朝は完全に幕を閉じた。  

Dear Nepalese brothers and sisters,

This country which came into being 240 years back as a garden of four castes and thirty-six sub castes as imagined and established by our ancestor His Majesty, the Great King Prithvi Narayan Shah, is going through a period of very serious and sensitive upheaval. It is well known that the Nepalese Monarchy which has always been activised for people’s prosperity and progress has always been working together and cooperating with the happiness and woes of Nepali people. Burning examples of that are unification, preservation of nationalism, democratisation and modernisation through the united effort of the king and national integrity as equivalent to the value of our lives. Our committed energised feelings towards these values and standards have remained constant from the past and are equally strong in the present and will remain so in the future.

I would like to inform everybody concerned that when seven years back because of an unnatural, unexpected and tragic incident while shouldering the responsibility of the Head of the State according to the national heritage and ages of old monarchical traditions, I had no other interests except considerations for the sovereignty, independence, national pride, territorial integrity, peace and the institutional development of democracy, and overall progress of all the citizens. In the then Hindu kingdom of Nepal, the birth place of Buddha the efforts started, with the best of intention trying to ensure the peace and prosperity in the country were not successful overtime, which I have already accepted earlier. The chain of events and ensuing results are obvious to everybody like an open book.

I would like to express, with God as my witness, certain things which I couldn’t express earlier because of my official responsibilities but which was troubling my inner heart all the time, through you dear journalist friends to my Nepalese brothers and sisters and the international community.

May be we should call it destiny that when I was innocent child, I had neither any wish nor desire nor any possibility of having a distinct role except the compulsion to have to quietly accept the crown. Likewise, for the second time when an unimaginable and horrifying event took place on the night of Jestha 19th, 2058, I could not express through word my internal pain when I was compelled and tied up by the chains of tradition and duty without being even able to shed tears over the mortal remains of those respected and beloved family members and lighten the burden of pain at the gruesome destruction of my close relatives. Even at that time some people blamed and accused me and my family with great indiscretion and cruelty but we had no alternative but to tolerate that too, nor were there people who spoke on our behalf. Being prejudiced against me and my family members the efforts which were continuously started through different means by taking advantage of those circumstances and events, have been very painful to us and are still so. Other members of the Royal Family who were wounded but survived the incident in the Royal Palace are still alive. They are also witness to it. The bullet fragments which couldn’t be taken out for technical reasons are still in the body of my wife who was also wounded and survived. The detailed facts had also come out from the medical doctors involved in their treatment. The high level Royal Investigation Commission had already made public the detailed report about the incident. When all the Nepalese people and the Royal Family were overwhelmed with grief, at that time, to level accusations and blame in this way seems to be a strategy to damage the goodwill of the Nepalese people towards the institution of Monarchy and to spread ill will, which was also not compatible with human suffering.

Likewise, I have also heard false rumours about allegations that I have property abroad. All my property is in Nepal. I have no movable or immovable property in foreign lands. The property which had been bequeathed to me from my ancestors, according to Nepalese laws is also not in my name and I have institutionalised it maintaining that property and have only conserved it. During the last seven years neither have I added any property nor have I taken any action by which the traditional property has been reduced. I have not also usurped the right to property of any member of the Royal Family. I believe that I would also have rights to maintain private property according to the prevalent laws of Nepal.

Respecting Constitutional Assembly elections and the decision taken by the constituent assembly meeting on Jestha 15th, I am cooperating in every way towards the successful implementation of that decision.

I have also not thought of leaving the country. I would like to live in my own Motherland and contribute in whatever way possible to greater good of the country and peace in this land. I believe that there will be support for this from all sectors.

I pledge to be completely dedicated to the independence and territorial integrity of the nation of Nepal which was formed and has remained independent and sovereign because of the blood, sweat and sacrifice of the great ancestors of us Nepalese, wherever and whatever circumstances I may be in. I love the independence of this nation. My feelings and sentiments are that of sanctity, indivisibility and original values of this independent nation should always be preserved. My heartfelt good wishes are for the overall welfare of the self-respecting common Nepalese people.

Today, on this date, I have handed over the Crown and Sceptre used by the Kings of Shah dynasty and which has remained as heirloom in this dynasty to the Government of Nepal for safekeeping and protection for ages to come.

Finally, on behalf of my family members and myself, I would like to express my sorrow, if anybody has been inadvertently hurt by actions of my own or of the members of my family while I was working as head of State for the welfare of Nepal and the Nepalese. I would like to express gratitude to all citizens, constitutional organs, judicial sector, security organisations, civil servants, teachers, professors, students, farmers, labourers, industrialists, businessmen, intellectual youths, religious organisations, journalists, civil society, personnel working in the Royal Palace service and all others from different walks of life and all the other associated Nepalese inside and outside Nepal who extended their cooperation to me. I would also like to thank the friendly neighbouring countries who have always wished well for Nepal, the international community and representative of diplomatic corps. I would also like to thank the members of the Committees for Security and management recently deputed by the government of Nepal. I would like to thank the government of Nepal for all the help and cooperation extended to me. I also hope that like now, I would keep on getting the same level of necessary cooperation from the Government of Nepal in the future too.

May Lord Pashupatinath bless us all.

Jaya Nepal

Date: June 11, 2008



国王の引越し
2008年6月9日

 ギャネンドラ前国王は結局自身の要望が政府に承認され、カトマンズ西方のナガルジュンに居を構えることになり、現在引越しが行われている。

 ナガルジュンはカトマンズ盆地の北西約8kmにある元王宮の演習林でであり夏期の別荘地でカトマンズ盆地を眺める絶景の地である。なお、国王の母上にあたるプリンセス・ラトナも一緒に住むとのことである。

 また、パラス皇太子は現在住んでいるカトマンズ北方のマハラジガンジが居住地となる。

 政府も元ロイヤル・ファミリーには相当気を使っており警護などもしっかりしたものとなっている。

 いずれにしても、穏やかな形で権力の移動が行われた事は国民にとって幸いであった。



政権構想固まらず!
2008年6月9日

 次期政権が未だ定まらない。

 共産党マオイスト派、コングレス党、共産党統一派の主要3党をはじめ議会に議席を持つ全ての党による次期政権の行方が連日の話し合いにもかかわらず決まらないようである。

 大枠として大統領制はきまっているが、その大統領にコイララ首相をというコングレスの目論見には反対も多く、マオイスト派の要求している、首相、大蔵大臣、内務大臣、国防大臣には他党派が揃って反対しておりこれも難しいようである。しかしながら、マオイスト派による単独政権は完全につぶれ連立政権しかないとすれば、残るは大臣の振り分けが残された作業であるが、日本と同じで大臣病が多くて各党とも必死のようである。


国軍とマオイストは武装部隊との統合は?
2008年6月9日

 従来から言われていたことであるが、ネパール国軍とマオイスト派の武装部隊との統合は難しいようである。

 代案として警察への編入(これもかなり難しい)、国境警備隊、政府の建物の警備などが考えられているが、たとえば国境警備隊とは主にインド国境をさしているが、この地域を地盤とするマデシの同意を得ることはこれまた難しいと思われる。


国王は退位、王宮を退く
2008年6月3日

 議会の決定をうけて内務大臣を団長とする2つのチームが王宮で国王に面談した。

 国王は議会の決定を受け入れ6月12日までには、王宮を退出することに同意した。今後国王が何処に住むのか明らかにされていないが、現在パラス皇太子の住む従来の私邸に一旦帰るようであある。また、政府はギャネンドラ前国王及び旧王室家族の身柄の安全を保証することを約束した。

 王制から共和制への移行が議会での決議にしたがいスムーズに行われたのは世界でも珍しいケースで、政府、王室への賞賛は大きい。


これまでの主なニュース
増加するカトマンズ盆地の犯罪 2008年6月1日
大統領制に移行、実務は首相に! 2008年5月29日
国王はどこに行くのか! 2008年5月29日
ネパール国は共和制に移行! 2008年5月28日
今春のヒマラヤ登山が終わる 2008年5月27日
国際会議場 2008年5月27日
日本大使館からのお知らせ(爆発事件発生に伴う注意喚起) 2008年5月27日
日本大使館からのお知らせ 2008年5月27日
議会開催せまる! 2008年5月23日
Continue the Shortage or pay More ! 2008年5月23日
すすまぬ新政権構想 2008年5月21日
Surya Nepal Central Open ゴルフ大会開催される 2008年5月18日
輸入超過のネパール 2008年5月18日
制憲議会の開催日決まる 2008年5月13日
制憲議会選挙のその後−2 2008年5月7日
ウペンドラ・ヤダブMPRF代表のインタビュー 2008年5月7日
共産党マオイスト派副議長のインタビュー 2008年5月4日
カトマンズの市内大通りのジャカランタ 2008年5月2日
エベレスト方面の登山規制−2 2008年4月29日
エベレスト方面の登山規制 2008年4月29日
開票速報! 2008年4月28日
プラチャンダ議長世界に訴える! 2008年4月25日
マオイストの勝利集会 2008年4月24日
開票速報! 2008年4月24日
民主主義記念日 2008年4月24日
制憲議会選挙−その後の中間報告 2008年4月22日
開票速報! 2008年4月21日
開票速報! 2008年4月21日
ここ2週間水道水がきません 2008年4月20日
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マオイスト派資本主義容認か? 2008年4月19日
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開票速報!マオイスト派過半数獲得か! 2008年4月16日
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比例代表計算はじまる! 2008年4月16日
開票速報! 2008年4月15日
開票速報! 2008年4月14日
開票始まる。マオイスト派が大きくリード! 2008年4月13日
投票は概ね平和・投票率は60%前後 2008年4月11日
大使館からのお知らせ(08−21) 2008年4月7日
選挙監視員活躍する 2008年4月7日
最終選挙結果はほぼ1ヶ月後に判明 2008年4月5日
お酒の売り買いは駄目! 2008年4月5日
大使館からのお知らせ(08−20) 2008年4月4日
実質10日間にわたる休日 2008年4月3日
北朝鮮レストラン オープン! 2008年4月3日
大使館からのお知らせ 2008年4月3日
チベット人の逮捕、拘束続く 2008年4月2日
政党間、支持者間の暴力沙汰が烈しくなってきた 2008年3月30日
戸別訪問も真っ盛り 2008年3月28日
新商工会議所会長決まる 2008年3月28日
各政党とも観光振興を約束 2008年3月26日
選挙戦で街は賑やか! 2008年3月21日
コイララ首相政界から引退表明 2008年3月20日
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中国軍、警察がネパール領土内に 2008年3月17日
エベレスト登山隊立ち往生 2008年3月16日
主なニュース(2月25日〜3月1日)
候補者の中間報告 2008年3月4日
主なニュース(2月17日〜2月25日)
貸し渋りの時代が来るのか!貸付金利と預金利子 2008年2月29日
ケロシン、ガソリンなどが平常になる 2008年2月29日
ネパールは日本から学ぶべき事が多くある 2008年2月23日
主なニュース(2月10日〜16日)
マデシ・グループのバンダはカトマンズ盆地の生命線か!2008年2月20日
カトマンズ盆地の水道はどんな現状か! (その−1) 2008年2月17日
バクタプール(バドガオン)に外出禁止令 2008年2月16日
週間ニューズ(2月4日〜10日
計画停電(週46時間)が益々増える 2008年2月11日
投資目的の土地、建築ブーム 2008年1月28日
石油、デイーゼル、ガスの値上げ 学生達が街頭で立ち上がる 2008年1月23日
政治家の最近の発言から 2008年1月22日
マデシ3グループが連合を結成 2008年1月22日
(flyyeti.com) Yeti Airlines 国際線に乗り入れ 2008年1月20日
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パラス皇太子主催のゴルフ大会開催! 2008年1月19日
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お先真っ暗のネパール 2008年1月7日
海外で働くネパール人の死傷者が増加 2008年1月6日
ビレンドラ国王メモリアル・ゴルフ大会の開催 2008年1月4日
強力な第4政党の誕生 2008年1月4日
A Happy New Year ! 2008年1月1日
マオイスト派が内閣に復帰 2008年1月1日
2007年のニュース

■ 編集室から

 政党間衝突で4月19日に延期された1選挙区(スルケット)を除いて239選挙区の投票は終わった。この間、特にテライ地方での政党間の武力による衝突は烈しく多くの死傷者がでており、候補者が死亡している。

 今回の選挙はコングレス、統一共産党、マオイスト、等の政党、王室、軍など利害の一致しない各グループがそれぞれ思惑をこめ、肝要な部分は結論を先送りにしての選挙であった。

 実際のところ、共和制と叫んではいるがどの様な共和制なのか、アメリカやフランスも共和制であるし、北朝鮮や韓国など多くの国が共和制であるが実態はさまざまでネパールが参考にする共和制は国の数だけある。それとも独自の共和制なのか。これも選択肢の一つではあるが。

 昨年春の民主運動の敵は誰であったのか。少なくともマオイストではないはずである。話しはついているのか。

 ネパール人は賢く、穏やかな国民であるため、他の紛争地のような事態は避けられると思うが選挙が終わったことは終わりの始まりにならない政治家に期待するしかない。


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 ■ 各地のお天気・行事
 7月4日
カトマンズ 最高 29.6度
最低 20.0度

ポカラ 最高 30.9度
最低 22.0度


ジョムソン 最高 26.0度
最低 16.3度



神々の国ネパールからご挨拶申し上げます。

1983年創立以来日本の皆様にご支持を 頂いております。今後ともよろしくお願い申し上げます。 

実績
 登山部門 1983 年から2007年まで
メジャー登山         215隊
ライト・エクスペデイション 250隊
国内最多登山隊取り扱い代理店

■取扱業務
   観光・トレキング・登山・取材・調査
   通関・ビザ・ホテル・車両 など

■ 連絡先
 Cosmo Trek & Travel 株式会社
 PO.BOX 2541 Kathmandu、Nepal
 TEL  977-1-4416226,4411437
 e-mail fumi@otsu.mos.com.np 
 URL  http://cosmotrektravel.com
 ネパールの植物紹介いたします。
 
ネパールの有用植物研究所です。

Cosmos Herbal Products 株式会社
  PO.BOX 12306 Kathmandu Nepal
  TEL 977-1-4426556
  e-mail otsu@mos.com.np

   日本料理屋 「華(はな)」
露天風呂(10人用)もお待ちしております。カトマンズ街中のお風呂です。

 TEL 977-1-4416200
  場所 ラジンパト(仏大使館隣)

   鉄板焼きレストラン 「こてつ
輸入魚介類による刺身、寿司もお楽しみください。日本人板長が頑張っています。

 TEL 01-621-8513
 場所 パニポカリ(日本大使館そば)